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生きるということを。死ぬということを。

死ぬということを否定するということは
逆説的に生を考えることを拒否するということであり
それは生きるということと死ぬということへの冒涜である


一般論に習うだけの簡略化された死への拒否反応は
生きることの尊さを感じる機会を失うことになり
それで生まれる生への感情は死に直面した人間が感じる強烈な生への執着に比べれば
あまりにも脆く浅い実感しか生まない


生きることと死ぬことが対極的に語られるように生きようとすることと死のうと思うこともまた対極にかつきわめて近親的に、双方を感じなければならない
でないとその思想は生きることも死ぬこともないひどく望遠的なものになり、どちらに傾いているにしろ双方を感じ続けている人間と同じ土俵で言葉を交わすことはままならないから


一般論だけで死を否定してはならない
どれだけ大勢の人間が死を否定し生を共有することを望んでいたとしても
死ぬことを望み生きることへ絶望を思う人間は決していなくならないから

死を思う人間はそれら一般論に否定される思想をアイデンティティで生み出した「個人」であり、
そうであるならば生を彼らに強要させようと思う人間もまた一般論に身を任せただけの言葉ではなく、同じくアイデンティティを要して生み出した「個人」の意見を向けなければならない


どうして死ぬのか分からないのと同じように、ほとんどの人間が持つ生きる理由はあいまいで、かつひどく個人的な感情であり生と死の理由は等しく共有することのないわがままだ
結論は死ぬ理由を完全に把握しそれを否定することは出来ない
同じく生きる理由を完全に他者と共有することはおろか、それを伝えきることさえ出来はしない


生きるということは分の悪いギャンブルに近い
生きている間に感じる「幸福」と「不幸」の感じ方は人それぞれであるが
およそ人間に与えられる二つの比率は決してフェアではないと思う
多くの人間には幸福を感じる瞬間が必ずあるはずだが、同じように不幸を感じる瞬間も必ずある
人間は幸福に対する感じ方は酷く瞬間的でありながら不幸を感じる感覚はとても長期的である上に相対的に時間を長く感じてしまうという

死を考える人間によく投げかけられる「あなたより不幸な人はたくさんいる」という文句
はどん底にいる人間にとっては単純にこれ以上の悲劇を連想させる言葉になり
さらに深く、かつ客観的にその言葉を聞くとするなら
死を考えるほどの不幸より深い不幸は存在し、統計的に不幸の比率を増大させうる文句である。
およそおそらくこの言葉は人を救うことの出来ない。
にもかかわらず、この言葉は自分の生にも他人の死にも無関心な人間ほどよく使う
by augusupormo | 2009-12-10 01:04 | 詞?詩?
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